私はドイツの旧首都Bonnから7kmほど離れたAlfter(アルフター)という小さな町に住んでいます。この町はドイツでも有名な白アスパラの産地で、私が研修している野菜農家Fam.
Mandtでも主力商品として扱っています。収穫時期は4月中旬から6月下旬までで、その間は朝から晩まで収穫に追われていました。農場の圃場総面積は10haで、ドイツの農家としては決して大きな規模ではありません。しかし30を超える品目を栽培し、それらを敷地内の直売所で販売しています。さらに養鶏(8月現在で約370羽)も営んでおり、非常に幅の広い経営をしている印象があります。
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パート労働者のラインナット(左)とベテランポーランド人のスピシェック(右)、2人とも尊敬する大先輩です。
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ドイツの農家は、外国人労働者がいなければ経営が成り立たないほど多くの労働力を隣国(特にポーランド)に依存しています。私の研修農家も例外ではなく、農場主と私のほかにベテランのポーランド人労働者1人と、イチゴの収穫時期に4~5名の季節労働者(ポーランド人)、夏の仕事が多い時だけ働きに来るパートの労働者3人(ポーランド人、ルーマニア人、トルコ人:いずれもドイツ在住)がいます。
農家に限らず、ドイツには非常に多くの外国人がいます。街を歩けば当たり前のようにドイツ人以外の人とすれ違います。国が違えば当然文化も違います。よく「欧米人は日本人に比べて自分の意見をはっきり言う」と聞きますが、違う文化を持った人達が一緒に生活している以上、自分の意見を明確にしなければ、誤解だらけの生活になってしまうでしょう。欧米人が自分の意見、要望、感情を明確に示すのは、お互いの誤解を避けるための極ごく当たり前の対応なのだと思います。
農場で働いている時にも、日本人とドイツ人の違いを肌で感じることがあります。複数の人員で機械での流れ作業をする場合、何かのきっかけで作業が遅れても、自分で「ストップ!」と言わない限り作業は中断されません。初めてそのような事態になったとき、私は「機械を操作する人が作業の様子を見ていれば、いちいち「ストップ!」と言わなくても中断できるのに。ドイツ人はなんて気が利かないんだ(怒)!何でもいちいち言わなければ分からないのだろうか?」と腹を立てていた記憶があります。逆にOpa(農場主の父親)が重い荷物を持とうとしている時にすかさず手を貸したら、「お、マコトは周りの状況を見て働いているな」と褒めてくれました。日本人にとってごく当たり前の気遣いが、Opaには新鮮なことだったのでしょう。
日本人は国民性として自分の感情や意見を主張することを避ける傾向にあります。自分の意見を明確にするのが当たり前のドイツ人にとって、日本人の曖昧な感情表現は理解しがたく、誤解を招くきっかけになるかも知れません。しかしその一方で日本人は相手を気遣い、相手のために自ら行動できる素晴らしい国民性も持ち合わせているのです。そしてそれは文化も習慣も違うドイツ人にも評価されるのです。
もちろんドイツ人にもすごく気遣いできる方はいますし、レディーファーストの考え方も浸透います。一緒に生活しているドイツ人家族もポーランド人労働者も良い人ばかりです。ただ、「手を貸して」と言わなくても手を貸せるような気遣いができるかというと、そうではなさそうです。日本人ほど周りの状況を見て自ら行動できる人種はいない、と断言したくなるほど日本の国民性は素晴らしいと私は思います。
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イチゴ収穫の季節だけにくるポーランド人女性。
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こちらの2人もイチゴ収穫のエキスパートです。
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ただ日本が恋しくなっただけ?日本人だから日本をひいきしているだけ?それもあるかも知れません。例えそうであっても構いません。私は日本も日本人も好きですから。
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季節労働者たちの帰国間近にみんな揃ってパーティーをしました。
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