「あつか!」 ベッドからはいずるように起きだす。またやってしまった。クーラーのオンのランプが光っていない。今日で3度目だ・・・。おかげでシャツが汗だくである。腕時計の文字盤が2時を示している。寝汗を洗い流すためにシャワーを浴びに行く。
ここカルフォルニアパームスプリングはもう秋だというのに35度を越す暑さだと天気予報キャスターが涼しい顔で言っている。でもここでは真夏、43度を越す暑さだったので、だいぶん涼しくなった方である。
「寝汗をかいてほてった体には冷水が一番だ」と独り言を言いながらだいぶ伸びた髪の水分を拭き取りながら台所に立つ。さて、今日はお好み焼き。用意を済ませテレビを見ていると4時半、朝ではない。もう夕方なのである。今、自分の仕事は夜勤で夕方5時から深夜の2時までと少し変わった時間帯に働いている。かれこれ、もう2ヶ月。今日で3ブロックのセロリの定植が終わるだろう。残り2ブロック。
ランチボックスを片手に徒歩5分のオフィスへ向かう。100キロを超えるスピードで走り抜けていく車。「ここの警察は何をしているんだ?!」
オフィスではクルーたちが飲む10ガロンの水に氷を入れボスを待つ。
「ブエナス タルデス!」と女性クルーボスのエンジが車から顔を出す。10分遅れているのに笑顔だ。
農場までは車を走らせ20分で到着。今はこの道のりの景色は見慣れたが、時おりふっと
「やっぱりここはすごい!」と思い返して見入ってしまう。 広大に広がる農地の数々、転々とあるトレーラーハウス。そして何よりも絵に描いたような山々、空は今日も青く高い。
「ブエナス タルデス!」愛しきアミーゴたちの声、この声で「よし、仕事だ」と気持ちが引き締まる。
「今日の調子はどうだ?」と親友の一人ペドロが顔にしわを作るほどの満面の笑みで近づいてくる。
「絶好調だよ」これが自分の毎日の返事。握手とパンチ、これも毎日。
「昨日は帰って何をした?」
「今日は何時に起きた?」
「もういい加減に髪を切れ!」
たわいもない会話だが楽しく思える。
「バモノス」エンジが叫ぶ!
セロリの定植は手植えではない。トラクターに牽引した定植機械に8人乗り、回る車輪に苗を添えていき、定植機械を8人が植えそこない、訂正をしながら後を着く。
仕事は8時間。2時間に一度の休憩があり、20分・30分・10分の3度。最初の休憩で食事をとる。
「ヨ テンゴ アンブレ」と一人のメキシカンが叫ぶ。すると「アウー」とコヨーテのまねをしてからかうクルーたち。彼らは作業中ちっとも黙らない。歌を歌う者、理解に苦しむ冗談を言い争う者。まるでここはどこかの酒場のようだ。だが、きちんと仕事はする。
一人の訂正クルーが遅れをとった。暑さと焦りで汗だくだ。自分は他のクルーの一人に
「彼を手伝ってくれないか?」と話しかける。しかし彼は驚く一言を放つ。
「なぜだ! 俺の仕事じゃない。あいつはあいつだ」
本気で言っているのか?
「あいつができないのはあいつが悪い!」
他の者が言う。自分も続く。
「もし自分が遅れたら手伝って欲しくはないか?」
「いいや」
「本気か?」
「俺がもし遅れたら自分で追いつく」
日本ではありえない言い分だが、これが彼らの仕事に対しての考え方なのだと気づいた。
「もし遅れたものを手伝って、その者まで遅れたらどうするんだ?」
この時、一つの言葉を思い出す。日本で受けた講習で講習所長が
「日本の常識を常識と思うな!」と言っていたことを。その時は意味がわからなかったが、思い知ることになった。
「ブレーク」トラクターが止まりワーカーたちも手にした苗を畝の上に置き、定植したばかりの苗を踏まないように駐車してある車の方へ歩き出す。広大な農地を歩いて5分、各自のランチボックスからタコス、チョリソー、カマノネカクテルなど色々なメキシコ料理が鮮やか。この料理はどれもこれも辛い。トウガラシを大量に使い作っているのだ。メキシカンいわく、「辛いものを食わずして仕事ができるか!」。一口食べると舌が悲鳴を上げる。二口食べると食道が、三口目には胃が・・・。トウガラシをそのまま食べてもこうまでは苦しまないだろう。自分のお好み焼きは大人気! 5分で平らげ仕事へ。
日没、昼間も顔を出している月が日没とともにその姿をはっきりとさせる。「ルーズ」エンジが叫ぶ。すると、発電機もうなりを上げ稼動し始める。
作業が順調に進んでいた時、「ワーワー」と騒ぐクルーたち。何だと近づくと、「ミラ、アラクラン、アキー、アラクラン」と言っている。「アラクラン」とはサソリのことでこの地帯には多く生息し、これに刺されると1時間でけいれん、呼吸困難を起こし人間をだめにしてしまうらしい。
「マサ、アガラ!」。自分に捕まえろと言っているのだ。刺されるのはごめんだが、前々からサソリに興味があったのでその辺りに落ちていた枝を箸の要領で捕獲する。日本人の知恵? この後何日間か「日本人は箸でサソリを食う」と冷やかされることになるとは。ペットボトルにサソリを捕獲し家に持ち帰ることに。
30分の休憩。寝る者、買い物に行く者、踊る者。
後書きの様だがここで「アミーゴ(男友達)、アミーガ(女友達)」の紹介を。
自分はここで多くのアミーゴ、アミーガを作ることができた。ほとんどがメキシコから来た人だが、サルバドール、グワテマラ、アフリカから来た友達もいる。
言葉はスペイン語。来た当時はスペイン語は全くわからず、そのせいで色々な誤解を招き、友達に嫌な思いをさせていたと思う。だが、言葉の分からない日本人の自分に全身で多くを教え、手伝ってくれ、そして励ましてくれた。この感謝は忘れようとしても忘れられないだろう。この親切は今の日本人にも忘れて欲しくない。
彼らは本当に陽気で気持ちが良いほど明るい。本当に愛しきアミーゴ・アミーガ。あなたたちを絶対に忘れない! ありがとう、そしてよろしく。
「ヤー、ノーマス」今日の作業の終わりを告げるエンジの声。ワーワー言いながら引き上げていくワーカー。もう一人の親友ミゲルが
「マサ、トー、オルビダンド。アラクラン」。タラックリストの彼にアラクラン入りの捕獲容器を渡していたのだ。
「カンサード?」
「今のお前の顔はフルマラソンを終えたランナーの顔をしているぞ」などといいながらトラクターから降りてくる。「ノー」とあまりない力こぶしを作ってみせる。
握手とパンチの嵐を潜り抜け車に乗り込む。
来るときには見えていた山々も闇の中に姿を隠し、代わりに手に取れそうな星々が夜空を飾っている。
「アラト」と言い残しエンジが帰っていく。もう午前3時、日が変わっているので明日ではなく「また後で」なのである。帰り道には猛獣、鉄の塊「車」は姿を消している。ブーツを脱ぎトレーラーハウスの中に入る。帰ってきた、もうここは我が家だ。
捕獲したサソリを観察、観察に飽きると買いだめしてあるテキーラのボテを持ち出す。休憩中にアミーゴが
「テキーラの中にサソリを入れておくと、もしもサソリに刺された時にそのテキーラが薬になるんだ」と教えてくれたのだ。
「もしものためだ! すまん!」と謝りテキーラの中へ。勝手な考えだが、今サソリは酒まみれだ。酒好きにはたまらない状況だ。サソリは10分間酔い、踊り、酔いつぶれた。
冷凍パックしておいた米を冷凍庫から取り出し「チン」。同様冷凍パックしておいた肉も「ジュー」と夜食? 朝食?がいい香りを放っている。 「うまか、うまか」。
午前6時。ここへ来るのを許し補助してくれた両親、この研修の機会を与えてくれた国際農業者交流協会、毎年日本人研修生を受け入れてくれる「Golden
Acre Farms」。そして、今日も多くの楽しさと多くの親切を与えてくれるアミーゴ・アミーガたちに感謝しながら床へつく。
クーラーのランプをつけて。
とある愛しき一日より。
「彼らは本当に陽気で気持ちが良いほど明るい。本当に愛しきアミーゴ・アミーガ。あなたたちを絶対に忘れない!」